今すぐオイラは

人生を楽しむレシピ

【てんかん】でも幸せになれる明るい未来  

私は【てんかん】になっても幸せです。

 

もし健常者のままなら

今、生きていることも

家族を持つことも

出来なかったかもしれません。

 

 

もちろん

なってしまった時は散々でした。

 

私は18歳の時

生死の世界を彷徨うほどの事故に巻き込まれた事がおそらく原因で、

てんかん】になってしまいました。 

 

痙攣発作が起きるたび

仕事は降格

 

積み上げたものが

発作のたび

一瞬で崩れました。

 

様々な病院で

丸一日検査して貰い

やっと診察してもらうと

 

医者「分かりません、検査では異常は見られませんが、おそらく【てんかん】です。」

 

 

終了

 

え?

 

それだけ?

これからどうすれば?

 

医者「とりあえず、この薬を飲んでおいて下さい」

 

どんな効果があるか

どんな飲み方をすればよいか

 

一切なし

 

車の運転はしていいのかダメなのかも言ってくれなかったので

診察室を出かけたとこで

訪ねると

 

医者「あ、一応【てんかん】やし、やめといて。」

 

軽、、、、

当時ルートセールスをしていた私にっとっては

無責任な言動に聞こえてしまいました。

 

メンタルが弱い私は

悔しさと

悲しみに耐えかね

トイレに駆け込み泣いてしまいました。

 

それから痙攣発作が出るたびに

薬がどんどん増えていき

一日に30錠くらいの薬を服用する事に

薬代と診察・処方箋・血液検査で月一万円以上

かかってしまいました。

 

仕事の方は

幸い良い人達に支えてもらい

何とか

働かせて貰えました

 

そんなある日

知り合いが

大阪の【てんかん専門】の病院を紹介してくれました。

 

今まで10件ほどの病院で見て貰いましたが

てんかん専門の病院は初めてでした

(それまでは脳神経内科でした)

 

軽い気持ちで行ってみようと思いましたが

必ず家族の方を連れて来て下さいとの事でした

自宅が滋賀だったので

通院するのに家族を連れて大阪はしんどいなと考えながら行って

診察してもらうと

 

今まで通わせてもらっていた病院では

車の運転は

1年間、発作がなければ

ご自分で体調が悪くなければ

仕事の事もあるので

十分気をつけてしてください

ということでしたが

 

医「何を考えてるんですか!

 最低、2年間は様子を見て

 私の許可が出るまで

 絶対に運転してはダメです!

 あなたは、自分の病気について知らなすぎま         

    す。」と、

 

 たくさん怒られ

 たくさん【てんかん】に関する

    資料を下さいました。

 

資料は、今まで自分で調べていた物より

遥かに分かりやすい物でした。

 

自立支援(自己負担を少なく出来る制度)の事も教えて貰い

薬の種類も一日15錠くらいに絞って頂き

藥の飲み方・効果も教えてくださいました。

※お陰様で今は一日4錠になりました

 

資料に、てんかん協会の事が掲載されていたので

つどいに参加させて貰いました

 

皆さんの体験を聞かせてもらっているうちに

私の苦しみが

すごく、ちっぽけに感じ

恥ずかしくなり

 

私くらいの症状なら 

もっと自分自身で勉強して

治そうとするべきだ

と思い

どういう時に痙攣発作がおきるか

明確にするため日記を書き初めました。

 一番多かったのは飲み忘れでした

長年、服用していると飲んだか飲んでないか分からなくなるので

藥ケースを使うのはオススメです。 

 

病気なんて体を鍛えれば予防出来るんだと

思っていました

大丈夫?

と聞かれて体調が悪くても

徹夜で働いたりしていました

 

人が心配してくれていることに

ありがたみを感じることが出来ずにいました

 

障害者の方を、可愛そうとしか思っていませんでした

 

てんかん】は、私に色々な事を教えてくれました

 

てんかんになっていなかったら

眠るのがもったいない

眠っている時間が無駄と考えていた私は

徹夜で仕事をし徹夜で遊びに行き

ほとんど家に帰って

いなかったでしょう。

 

万が一にも

毎日、日記を書いたり

ブログを書いたり

する事はなかったでしょう。

 

もう

てんかん】に

怯えることはありません。

 

 

 

 

 

私は

てんかん】になって幸せです。

 

そう感じ続けるよう

これからも無理せず

頑張っていきたいです。

 

 

  最後まで読んでくださりありがとうございました。