「ありがとう」の幸せ
ありがとうと言える幸せ
私は16年間一生この職場で働こうとしたいた職場を追い出される形で退職することとなりました。
実際は持病のてんかんが原因で運転ができなったことで社内勤務をさせてもらうことになりましたが代わりに外回りにでた先輩が代わりを務められなかったということで再び私が運転手(週40時間以内)をつけてもらい外回りをしましたが時間の制限と人件費がかかるということで新入社員を雇うこととなりとうとう追い出されるようなかたちで社を去ることとなってしまいました。最後の1ヶ月は悔しくて泣きながら出社し帰宅途中には何度も踏切の音に吸い込まれそうになり飛び込みそうになりました。10年経った今でも思い出してしまうことがあります。
退職してからは職業能力開発促進センターで勉強をする楽しさを実感しながらいくつかの資格を取得し転職をすることが出来ましたが
2年が経ったころ再びてんかん発作が起き退職することとなりました(社内勤務がなかった為)
そこからは私にとっては死より恐ろしい事が襲ってきました。
明日を生きるか死ぬかより、最優先である人物との縁をきらなければ生死の選択ができない状況でした転職が決まっても妨害され私の家族や親にまであること無いことをふきこんできました。自律神経失調症にもなり全く眠れない日が3ヶ月以上も続いたりしました。
なんとか縁を切ることができましたが、もう転職先は私がこの世で1番やりたくない介護の仕事しかなく再び職業能力開発促進センターで介護の勉強をさせてもらうことになりました。学ぶ楽しさはありましたが苦手な分野で実習先に行くとやっぱりやりたくない、介護ができる自分が想像できないなど不安な気持ちで一杯になり友人に相談すると国からお金もらって勉強させてもらって贅沢だ何を言っているんだと正論を言われ
(私は何をしているんだ)と自暴自棄になってしまいました。
介護の仕事をしていてよかったと感じる時はという応えに利用者様に「ありがとう」という言葉をもらった時ですとよくいわれてましたが
私の中では前職の機械を修理したときのお客様から「ありがとう本当に助かった」と言ってもらった「ありがとう」という感謝の言葉を超えることはないだろうと思っていました。
半年が過ぎ色々悩みましたが介護の世界に飛び込むことになりました。
もしてんかん発作をおこしても退職しなくてもよい1時間かかっても歩いて通える職場で再発しないように夜勤のない契約社員で皆様のお陰で働かせてもらうことになりました。
働き始めると思っていた以上に私の高齢者介護の拒絶反応は大きく先輩職員みたいに介助や声かけをできる自信が全くありませんでした。
しかし、話しやすい利用者様や先輩職員のおかげで3ヶ月働くことができました。
少し慣れ始めた頃に私は何か悪いことをして介護の仕事をする事になったのか?
やはり私には向いていないと思い先輩職員に相談すると「3ヶ月も働けたのなら向いている証拠ですよ」と言ってもらいその言葉に救われ前向きに働くことができました。
そんな毎日で「ありがとう」と利用者様に言ってもらう言葉の重みがかわっていき
介護の仕事をしていてよかったと感じる時はという応えに利用者様に「ありがとう」と言って頂くということが理解でできるようになってきました。
「ありがとう」と素直に言えるかたは幸せを感じることができる幸せになれる方
なんだと実感することができました